ナスカの地上絵が長い年月を経ても消えない秘密は何でしょう?
これら壮大な古代の作品がなぜ作られたのかは今もなお謎に満ちています。
ナスカの地上絵は約1600~2000年前、日本の弥生時代から飛鳥時代に相当する時期に描かれました。
学校の校庭で石灰で線を引いたことがあるかもしれませんが、それがすぐに消えるのに対し、ナスカの地上絵が2000年以上も残っている理由は、どこにあるのでしょうか?
この記事では、その作り方やナスカの地形の特性に注目して、地上絵がなぜ長持ちするのかを解説します。
ナスカの地上絵が消えない理由
ナスカの地上絵が消えない理由は4つあります。
それらは絵の描き方、周囲の自然環境、野生動物の不在、そして徹底した保護措置にあります。
これら4つの理由に加えて、ナスカの地上絵の現状や今後直面するかもしれない脅威についても紹介します。
ナスカの乾燥した気候
ナスカ地上絵が長く保存されている主な理由は、その地域が極めて乾燥していることにあります。
この地域の年間降水量は4mm程度と非常に少ないです。
ナスカを訪れると、木の一本も生えていない広大な砂漠地帯が目の前に広がり、地面は黄色い土で覆われています。
このような環境では、住民も雨具を持つ必要がありません。
砂漠と聞くと砂嵐を想像しがちですが、ナスカでは石や岩が混じる独特の砂漠が広がっています。
約1600~2000年前に描かれたとされるナスカの地上絵は、もし雨が多かったらすでに失われていたかもしれません。
しかし、気候変動の影響で、最近はこの地域でも雨が増え、地上絵の保存に対する懸念が生じています。
風化しにくい構造
地上絵は、地表の小石を取り除くシンプルな方法で描かれ、下の白い石灰質の土が露出しています。
この石灰質の土は湿気と反応してセメントのように硬化し、風化に強い特性を持ちます。
地表の小石は長年にわたる太陽の光によって酸化し、黒く変色しています。
これにより、白い土とのコントラストが際立ちます。
野生動物の影響が少ない
ナスカの地上絵には鳥やアルパカ、サル、クジラなどの動物が描かれていますが、これらはナスカの土地には実際には生息していない動物たちです。
これらの絵は他地域との交流が反映されたものと考えられています。
ナスカ地域には人々が住んでいましたが、野生動物による地上の荒廃はほとんどなく、多くの地上絵が現代まで保存されています。
保護への取り組み強化
ナスカの地上絵は、発見されてから約100年が経過しました。
1939年にアメリカ人考古学者ポール・コソックが動物の図形を発見したことがきっかけです。
ポール・コソックと共に研究に取り組んだドイツ出身のマリア・ライへは、地上絵の保護に尽力したことで知られています。
マリア・ライへは自分の資産を使い、ナスカの地上絵の研究と保護に生涯を捧げました。
その成果の一つとして、「ミラドール」という20mの高さの観測塔を建設しました。
1998年に95歳で亡くなったマリア・ライへの後、ペルー政府は地上絵周辺への立ち入りを制限しました。
2015年には、ペルー文化省と山形大学の「ナスカ地上絵プロジェクトチーム」との間で、地上絵の保護と学術協力のための特別協定を締結しました。
この協定により、山形大学チームだけがナスカ地上絵への立ち入り調査を許可されています。
ナスカ地上絵の発見以来、研究者による保護活動が絵の保存に大きく貢献しています。
ナスカの地上絵は徐々に消失している
約2000年前に描かれたとされるナスカの地上絵は、現代においても消失の危機に直面しています。
自然環境の変化による影響から、長い年月を経て風雨にさらされ、地上絵を形成する石の破片が色あせ、明暗のコントラストが弱まっています。
人間の活動による影響として、観光客や地元住民による遺跡の保存意識の不足が、絵の劣化を加速させています。
ナスカ地上絵の位置
ナスカの地上絵はペルー共和国にあるナスカ川とインヘニオ川に囲まれた地域に存在しています。
この乾燥した高原では、動物や植物をモチーフにした様々な幾何学模様や図形が地表に描かれています。
ナスカ地上絵の制作時期
ナスカの地上絵は約1600年から2000年前に描かれたと推測されています。
しかし、その正確な時期は今も明らかにされていません。
まとめ
ナスカの地上絵がなぜ長期間保存されているかについて解説しました。
これらの絵が古代の人々によってどのような意図で描かれたのかは、残された遺跡や痕跡を通してのみ推測することができます。
いつの日か、私たちの存在も古代の歴史の一部となるでしょう。
今私たちが何を残し、どのように行動するべきかを考えることは、未来の人々が私たちの文化や生活を理解するための重要な手掛かりとなるかもしれません。